Kochi Football Association
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プロフィール
 昭和22年体育協会復活設立委員会が旧制高知高校の南冥寮で開催され、サッカー協会としては、初代会長に福田義郎氏を選出した。昭和37年2月24日・25日の両日高知追手前高校のグランドで東京教育大学(現:筑波大学)サッカー部監督成田十次郎氏(元:県サッカー協会会長)のご尽力により、世界的な名指導者デットマル・クラマー氏(当時:日本代表チームの指導者)及び全日本代表選手岡野俊一郎氏、保坂保氏らを招いて、『個人技術の向上が直接チームプレーの向上に結びつく』との考え方に立って、個人指導を中心にした近代サッカーの実技講習会が開催された。高知県のサッカーが目覚めた、画期的な講習会であった。さら、昭和42年に協会の組織が充実され、多数の良き指導者のもと選手の育成・強化のためのトレーニングセンターの開設や技術講習会・研修会が多く開催されるようになった。また。高度な試合をコントロールすることに欠かせない上級審判員も、積極的な県外講師の招請や審判講習会開催し上級審判資格をもった審判員を多く育成するまでに至った。
 高知少年サッカースクールは、少年の健全育成とスポーツを通じて豊かな人間造りを目的とし、そして、全国的にも珍しいケースでRKC高知放送より約55万円の助成金を頂き、昭和46年5月17日に約170名余りの会員をもって発足された。現在では約1,500人余りが活動するまで発展してきた。
 本県役員が他3県に積極的に働きかけ、昭和52年5月に各県2チーム合計8チームで一般の四国サッカーリーグの開催が始まった。
昭和60年にはかねてからの念願であったサッカー専用グランドが県営春野運動公園内に完成し、多くの素晴らしい大会を開催することができるようになった。また、積極的にJFLやJリーグの試合・キャンプ等を招請しトップレベルの技術・戦術を見ることができるようになったことも、県の技術向上に繋がった。
 平成2年からは県サッカー協会に女子部が結成され、レディースリーグなど積極的な事業等を行い、ママさんの部では全国優勝するなど男子以上の成績を残すまでに成長した。
 平成8年からは日本協会の助成金や指導のもと、サッカー協会事務局を高砂ビル2階に設置し専属の事務局員を置き、会議の開催や大会運営等の事業を行っている。また、近年は少子化・スポーツ離れといった現状ですが、日韓共催2002ワールドカップの開催やフットサル愛好者の増加などもあり、競技人口は若干ではあるが、増加している状況である。


選手の活躍
 まず、最初にその当時の本県の実情を考えたなかでは昭和26年第29回全国高等学校サッカー選手権大会で川添恵美監督率いる高知農業高校が準決勝まで駒を進め、延長の末惜しくも小田原高校に敗れはしたものの、見事三位になったことは賞賛すべき内容である。
 昭和48年沖縄復帰記念特別国民体育大会(高校の部)で県高校選抜チームが三位入賞を果たした。そして、第8回日朝親善サッカー大会で初めて引き分け試合を演じ、また、京都紫光クラブ等との練習試合でも互角のゲーム展開が出来るまでに成長した県選抜一般チームは、竹崎 謙監督を中心にして日々の練習・夜間の過酷なトレーニングに鍛えられて、昭和52年第32回青森国民体育大会(成年男子の部)で全国の強豪チームに一歩も引けを取らず善戦し、本県サッカー史上初の準優勝という輝かしい成績を収めた。また、翌年の第33回国民体育大会(開催:長野)でも、昨年に引き続き2年連続準優勝の成績を遂げるなど、素晴らしい記録を残した。近年の国体では平成13年第56回国民体育大会(宮城)と平成15年第58回国民体育大会(静岡)で第5位という実績を挙げ、徐々に強化の結果が実績として現れてきていると思う。
 昭和61年第65回全国高等学校サッカー選手権大会に出場した森山監督率いる高知高校は、実に24年ぶりに初戦突破、36年ぶりのベスト8という成績を収めた。また、高知県の選手の中から初めて川村陽一選手が、優秀DF選手として選ばれた。サッカー後進県といわれた本県のサッカーが、一躍注目されるようになった。
 高知県を主会場として開催された平成元年全国高等学校総合体育大会に出場した高知小津高校が、1回戦不戦勝、2回戦石川県の金沢桜ヶ丘を2−2の同点から終了前に決勝点を挙げ、劇的なさよなら勝ちで3回戦に駒を進めた。その勢いに乗って岐阜県の大垣工業と対戦し2−0で破って、本県初のベスト8入りを果たした。ベスト4を目指して埼玉県の大宮東と対戦したが残念ながら0−2で敗れ、念願のベスト4入りはならなかったものの、最後まで頑張った健闘を讃えたい。
 高知大学も年々力を付けてきており、平成4年と平成8年の第41回全日本大学サッカー選手権大会で、堂々のベスト4に進出したことは特筆に値する。
 定時制の部でも平成11年第9回全国高校定時制通信制サッカー大会(開催:静岡)で松高 敏監督率いる高知工業高校が、準優勝という成績を残した。
 女子の部では、平成3年にFCカレントが全国ママさん大会でベスト8、同じく平成5年に準優勝、そして平成6年には念願の初優勝を収めた。連覇の夢を掛け臨んだ平成7年は、残念ながら優勝した清水FCに0−1で惜敗し、3位の成績に終わった。その後の同大会でも平成9年と平成10年に準優勝の成績を残し、高知にFCカレントありという実績を残した。また、少女の部では平成7年第5回全日本少女サッカー大会で、高知JFC CARINOが見事3位入賞を果たした。
 中学校・高校等の指導者で県全体のレベルアップと密接な相互関係がある、教員チームも若い指導者が増え平成14年・15年と全国教員サッカー選手権大会で連続優勝し、3連覇を掛け臨んだ平成16年は残念ながら、決勝戦で静岡教員に敗れ、その夢はたたれたものの、ベストメンバーで臨めなかったという状況等考慮に入れてもその健闘は讃えたい。県全体のレベルアップには教員の資質向上が不可欠であると思われるので、今後ますますの期待をしたい。
 最近愛好者が増えつつあるフットサルでは、高知FCが平成9年第13回全国選抜フットサル大会において、第3位という実績を残している。
 個人の活躍としては、平成4年に開幕したJリーグにJ1選手として、現在山口 智選手(佐川中出身:ジェフユナイテッド市原・千葉)・吉村 圭司選手(佐川中出身:名古屋グランパスエイト)が、そしてJ2やJFLに北内耕成選手・横山貴之選手・藤田泰成選手・森田真吾選手がそれぞれ努力し頑張っている。また、審判でも平成15年から名木利幸氏が国際審判員(副審)として世界の舞台で頑張っています。今後ますます現在の指導・育成及び強化策が実を結び一人でも多くのJリーガーや上級審判員等が生まれることを期待したいと思います。

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